フェニーチェ歌劇場 椿姫 チョーフィ/サッカ/ベニーニ
音楽監督マルチェッロ・ヴィオッティが全公演を指揮する予定だった、今回のフェニーチェ歌劇場来日公演。ヴィオッティの急逝により椿姫の指揮はマウリツィオ・ベニーニ。チケットが思うように(予算内でという意味)取れず、今回は今日の公演のみの予定。フェニーチェ歌劇場再建記念の演目でもあった、カーセン演出の椿姫を聞きに上野へ。
フェニーチェ歌劇場日本公演2005第1幕への前奏曲が始まり、すぐに幕が開くと当然ながらそこはヴィオレッタの部屋。暗めの雰囲気の中、広いベッドのベッドの上にヴィオレッタが一人。ゆったりとしたテンポでたっぷりと旋律を歌わせるベニーニとオーケストラ。舞台には男が一人、また一人と現れてヴィオレッタに札束を渡していく。オーケストラの高弦の細かな動きがピリッとしないのはこの曲の鬼門なのか・・・。
・ ジュゼッペ・ヴェルディ : 歌劇「椿姫」(全3幕) (1853年3月6日フェニーチェ座初演版)
ヴィオレッタ・ヴァレリー : パトリツィア・チョーフィ アルフレート・ジェルモン : ロベルト・サッカ ジョルジョ・ジェルモン : アンドリュー・シュレーダー フローラ : エウフェミア・トゥファーノ アンニーナ : エリザベッタ・マルトラーナ ガストーネ子爵 : サルヴァトーレ・コルデッラ ドゥフォール男爵 : アンドレア・ポルタ 医師グランヴィール : フェデリコ・サッキ ドビニー侯爵 : ヴィート・プリアンテ ジュゼッペ : ルーカ・ファヴァロン 召使 : サルヴァトーレ・ジャカローネ 使いの男 : アントニオ・カーザグランデ
マウリツィオ・ベニーニ指揮 フェニーチェ歌劇場管弦楽団 フェニーチェ歌劇場合唱団 (合唱指揮:エマヌエラ・ディ・ピエトロ)
演出 : ロバート・カーセン
2005年5月15日 14:00 東京文化会館 大ホール
威勢良く第1幕が始まると、人々が現れて宴へ。ベニーニの棒は少しあおり気味、オーケストラは付いていっているけど、舞台上はややおいてけぼりの感もなきしもあらず。衣装は現代風、全体的に明るくきらびやかな宴でない。暗めの照明で、私的でやや猥雑(言いすぎかなあ)がただよう宴。ヴィオレッタを歌うパトリツィア・チョーフィ、歌いだしはやや声が響かない感じがあったものの中低域の充実した落ち着いた声が印象的。決して華やかな歌声ではないけが、今回の舞台の雰囲気との相性は良さそう。アルフレートは昨年の小澤音楽塾のロドルフォ君ことロベルト・サッカ。彼も明るく華やかな雰囲気とは異なる声を持つ歌手。
ヴィオレッタは黒の衣装、ロドルフォも黒一色のジーンズ、Tシャツそして革ジャケットのいでたち。ロドルフォはカメラマン(?)の設定で、写真を撮っている。乾杯の歌はロドルフォが白いピアノを引っ張り出してきて、弾き語りをしながら歌う設定。ヴィオレッタはピアノの上にのって歌っているけど、何故か他の男声と戯れている。2人きりになってからの二重唱、ロドルフォは大きなかばんから大きな彼女の写真を何枚も取り出しながら「君の事を・・・」と、先のカメラといいまるでストーカーみたい。
そしてヴィオレッタの「そはかの人か~花から花へ」。「そはかの人か」でリピートをしているのを聞いたのは初めて(初演版故、それとも慣習?)。繰り返す経過で耳慣れないフレーズが聞こえてきたのが実に新鮮。また、チョーフィの歌が実に情感がこもっていて素晴らしい限り。「花から花へ」も演出に即し「きゃー、うれしー」とは正反対にどことなく陰を感じさせる歌唱。コロラトゥーラの技術も実に確か。(本当に)贅沢を言えば最高音の声の抜けがもっと良いといいのに・・・。最後、ヴィオレッタは乾杯の歌で絡んだ男と再び絡むのは何といっていいのやら。
第2幕第1場の設定は郊外の部屋だが、舞台上に設えられたのは部屋とは見えない光景。第1幕でヴィオレッタのベッドの背後に飾ってあった森林の絵が背景。そしてカーセンが床一面に敷き詰めたのはお札。それ以外の道具は一切おかれずに、お札がパラパラと落ちてくるだけ。アルフレートがそのお札の上でくつろいでいる。ここのロドルフォのアリアでもリピートが実行されていました、サッカは練れた歌い口で好感がもて歌唱。
父ジェルモンは舞台左側から登場し、への字に置かれた森林の背景のコーナーに向けて歩く。ヴィオレッタは舞台右前方に位置している。アルフレートは一旦外から戻ってくるとまたヴィオレッタの写真をとっている(笑)。そして再び父ジェルモンが登場するときにさっきと同じ情景が繰り返される(アルフレートが舞台右前方にいる)のは実に暗示的。父ジェルモンの説教の最中、ロドルフォが後ろでお札を足で蹴り上げながらうろうろしている・・・。
父ジェルモンを歌ったのはアンドリュー・シュレーダー。登場時の第一声は厳しい表現で耳を弾き付けたものの、その後は平板な歌い口になってしまったのが残念。声は良いだけに、役作りが中途半端になっているのが惜しい。
森林の背景が上がって、置くから舞台がせり出してきて第2場。第1幕の宴より更に怪しい雰囲気が。ダンサー達はセクシーな衣装とダンスで札束をチップとして稼いだり、ウェイトレスもセクシーな衣装とネオン管の仕込まれたお盆を持っていたり。アルフレートが札束でヴィオレッタを貶めると、父ジェルモンが先の舞台にジャーンと登場。ここでも、シュレーダーの存在感がいまひとつなのが惜しい。
第3幕は第1幕と同じ部屋の設定だが、もう部屋にはほとんど何も置かれていない。鉄パイプで組まれた移動式の物置、ベッドもなく後には白いカーテンが吊るされている。ヴィオレッタは砂嵐を写すテレビの前で床に直に横たわっている。チョーフィの絶唱ともいえる情感のこもった歌が舞台の雰囲気と共に悲しみを余計に誘う。謝肉祭の声が聞こえてくると数人が部屋に入ってきて、吊るされたカーテンを外してしまう。そこに現れたのは剥ぎ取られた森林の絵の残骸。アルフレートはビシッとしたスーツ姿でヴィオレッタのもとへ戻ってくる(もう遅い・・・)。
そして最後、ヴィオレッタが息絶えた後に3人の作業員が部屋にはいってくる。そこで3人が始めるのは後片付け・・・・・・。いやおうなしに突きつけられる残酷な現実。やっぱり単純には悲しみに浸らせてはくれないのね、カーセン君。あと、全体を通して女中アンニーナがいかにもお仕事という感じで、クールに描かれていたのもある意味印象的でした。人間の陰の部分と決して逃れられない現実を、椿姫という作品を通して見事に提示してくれた演出だったように受け取りました。
ヴィオレッタを歌ったチョーフィ、そしてロドルフォを歌ったサッカ。共にカーセンの華やかさの全くといっていいほどない演出にぴったりと合った声を生かした歌唱と演技がとても素晴らしかったですね。特に、チョーフィは情感を声にのせて表現する能力が実に高い歌い手ですね。父ジェルモンを歌ったシュレーダーがもう少し良かったらと・・・。DVDでも発売されている昨年の再建記念公演とキャストが違うのは彼だけ。役作りの時間が取れなかったのかなあとも思ったりしました。ちなみに、昨年父ジェルモンを歌ったのはフヴォロストフスキーで指揮はマゼール。
指揮のベニーニは叙情的なところはゆったりと、弦も弓をたっぷりと使って情感豊かに歌わせる。そして動きのあるところはダイナミックに威勢良く、やや煽り気味に音楽を進めます。でも、暴走という感じはありませんでした。そしてオーケストラの情感の表現が凄い。ちょっとした、弦の刻みやピッツィカートも非常に意味深く聞こえる。アンサンブルの精度からいくと在京オケのほうがと思うところもあるのだけれども、劇場での経験が物を言う世界だなあと。ここはこういう風に弾くんだって言うのが体に染み付いているとでもいう感じ。
今日の演奏は1853年3月6日にフェニーチェ座で初演された版によるものだそう。あちこちで耳慣れないフレーズが聞こえてきたり、オーケストレーションが違っていたりとなかなか興味深く感じました。アリア等での繰り返しを実行していたのも表現の幅を広げる意味でもとても印象的でした。これは楽譜の違いなのか、それとも今迄の慣習を戻したものなのかは判りませんでした(楽譜を見比べないと駄目?)。
カーセンの演出、初演版を使った演奏等いろいろな要素が噛み合い、椿姫という作品を今までとは違った視点で、ある意味新鮮な気持ちをもって聞くことが(見ることが)できた素晴らしい上演でした。
Comments