S.イッサーリス/N.ゲルナー シューマン・プロジェクト チェロ曲リサイタル
このチェリストの演奏を聞くのは、2004年4月に秋山和慶指揮する東京響と演奏したドヴォルザークの協奏曲以来。難曲を軽やかに弾いてのけた確かな力量に感心したものです。神奈川県民ホールの小ホールで彼自身が企画構成を担当して繰り広げられるシューマン・プロジェクト、今日はイッサーリスのリサイタルを楽しみに日本大通りへ。
スティーヴン・イッサーリス プレゼンツイッサーリスのチェロに接するのも久しぶりですが、大ホールは年に何回か足を踏み入れる神奈川県民ホールの小ホールで演奏会を聞くのは「ちょ~」久しぶり。私の記憶が確かなら、ゲリラ・ヴォーカル・アンサンブル・トレリンコという芸大生が中心となって結成された合唱団の演奏会で、一柳彗の「子供の十字軍」を聞いた時以来だから十数年振りじゃないかなあ(それだけ年取ったわけだ^^;)。トレリンコってまだ存続してるんだろうか・・・。
シューマン・プロジェクト2006
スティーヴン・イッサーリス
シューマン・チェロ曲リサイタル
1. ローベルト・シューマン : 幻想小曲集 作品73 2. ローベルト・シューマン(ピアッティ編) : おとぎの絵本 作品113 3. ローベルト・シューマン(イッサーリス編) : ヴァイオリン・ソナタ第3番 イ短調 遺作 ●休憩 4. ローベルト・シューマン : 3つのロマンス 作品94 5. : アダージョとアレグロ 作品70 6. : 5つの民謡風の小品集 作品102 ●アンコール 7. フォーレ : 子守歌 作品16
チェロ : スティーヴン・イッサーリス ピアノ : ネルソン・ゲルナー
2006年11月11日 15:00 神奈川県民ホール 小ホール
久しぶりに聴くイッサーリスのチェロは、以前の印象と変わらずに瑞々しい音色とセンスの良いしなやかな歌いまわしが最大の魅力。技術的にも文句のつけようが無く、技巧的なパッセージも鮮やかにこなし、弾き手の都合で音楽が変形されてしまうことが全くありません。
そんな彼の弾くシューマンは内面を抉り出すようなアプローチは皆無。フレーズに即した自然な揺れを伴いながら無理なく音楽が流れるテンポ設定、メロディを神経質にならずに繊細に情感を漂わせる歌のセンスの良さ、技巧的なパッセージも抜群の切れ味。技巧の冴えと共に感情の吹き上がりや熱気をほとばしらせることが出来るのだから見事なものです。おとぎの絵本等で聞かせるチャーミングな表情も素晴らしかったと思います。
イッサーリスが弾いているのはもちろんチェロなのですが、時折人の声そのものを聴いているような感じがするのが不思議な(というか素晴らしい)ところ。下手な歌手の歌声を聴くよりも彼のチェロを聴くほうが良いのではないかと思えます。そんな風に思えるほど彼の演奏が自然な歌に満ちているという証なのでしょう。
そして、ネルソン・ゲルナーの素晴らしいサポートも光っていましたね。初めて耳にするピアニストですが、まろやかで美しい音色と溶け合ったハーモニー感がシューマンらしい世界を十二分に表現していました。イッサーリスとの呼吸もぴったりで、フレーズの掛け合い等でも親密な会話が成り立っていて、両者の一体感が素晴らしかったと思います。
ソナタが3曲あるヴァイオリンならともかく、チェロでオール・シューマンというのは珍しいのではないでしょうか。イッサーリス本人がプログラムに『シューマンの音楽を他のの作曲家の作品と組み合わせてプログラムを作ることは決して難しいことではない。ただ「彼だけ」でその作品を聴くのも、なかなかいいものなのだ・・・。』と記していますが、今日の演奏会はその言葉以上に『とてもいいものなのだ!』と思わせる素晴らしい演奏会だったと思います。
盛大な拍手に応えてのアンコールはフォーレの子守歌。イッサーリスのチェロから優しく暖かな歌が静かに流れ出て、作品102の終曲で盛り上がった会場を鎮めるかのようでした。
今度の水曜日のナジ/NJPとの協奏曲、そして再来週の室内楽が非常に楽しみになってきました。今日と同じプログラムの演奏会は来週三鷹でもおこなわれますので、興味がある方は足を運んでみては如何でしょう。
Comments
私も今日の演奏会に行ってきました。
イッサーリスは以前から好きなチェリストで、結構何回か行っていますが、今日は彼の自然な、最高の意味で「無言歌」ともいえるような弾きっぷりや、あの音色のあたたかさが最高でした。
私もえすどぅあさんと同じく、大発見はゲルナーという、あの素晴らしきピアニストで、彼のピアノの存在でイッサーリスの演奏が一段と高まったのではないかと思いました。
イッサーリスが弾くチェロによる「無言歌」、ピッタリの表現だと思います。
ゲルナー、本当に素晴らしいピアニストでしたね。両者が噛み合い対話するデュオになっていました。機会があったらまた聞いてみたいと思います。
ひとつだけ質問ですが、「内面を抉り出すようなアプローチは皆無」と仰るのは、感傷的なところがないという意味でしょうか?
> 感傷的なところがないという意味でしょうか?
いえいえ、そんなことはありません(笑)。音楽の示すある一面を殊更強調したりするようなことがない、という意味で書いたつもりです。バランスが良いといえばいいでしょうか。そんな感じです。