新国立劇場 ルル 佐藤/レック/東響
当初予定されていたツェルハ補筆による3幕版から2幕版へ変更となった新国立劇場「ルル」。若干の不安を抱きつつ初台へ。
新国立劇場オペラ 2004-2005シーズン ルルアルヴァが手帳を手に持って舞台右手から登場して中央へ。開始を告げるトロンボーンのフレーズと同時に幕開け。
・ アルバン・ベルク : ルル【全2幕】
ルル : 佐藤しのぶ ゲシュヴィッツ伯爵令嬢 : 小山由美 劇場の衣裳係/ギムナジウムの学生 : 山下牧子 医事顧問 : 大久保眞 画家 : 高野二郎 シェーン博士/切り裂きジャック : クラウディオ・オテッリ アルヴァ : 高橋淳 シゴルヒ : ハルトムート・ヴェルカー 猛獣遣い : 晴雅彦 力業師 : 妻屋秀和 公爵/従僕 : 加茂下稔 劇場支配人 : 工藤博 15才の少女 : 木下周子 その母 : 与田朝子 女流工芸家 : 背戸裕子 新聞記者 : 成田博之 警部 : 羽山晃生
シュテファン・アントン・レック指揮 東京交響楽団 (コンサートマスター:グレブ・ニキティン)
演出 : デヴィッド・パウントニー
2005年2月11日 15:00 新国立劇場 オペラ劇場
猛獣遣いの晴雅彦はプロローグで舞台狭しと飛び回る演技力が光る熱演。動き回りながらも声量は充分ですが、表現のメリハリに欠けやや一本調子の感あり。歌と語りの切り替えが明確に表現できるようになるといいですね。
タイトルロールのルルは佐藤しのぶ。今回のキャスティングで一番心配だったのは彼女のルル。最近の彼女の歌唱から考えると、この難役をこなせるのかなあと正直思っていました。実際に聞いてみてどうだったかというと、現在の彼女なりのルルを表現していてまずまずだったのでは。声の艶、リズムのキレ、言葉の処理、ヴィヴラート、高音の発声技術等・・・。いろいろと注文は付けたくなる部分はあるものの、それが明らかな傷にはなっていない。悪女というよりは、優美でソフトな雰囲気のルル像がそれなりに聞き手に伝わってくる。なんといっても、彼女が舞台に立つだけで感じられる独特の雰囲気は、他の人では得られないものがあるような気がします。その雰囲気(オーラといっていいのかも)を充分に生かす為にも、声のコンディションを整えて全体としての魅力を増して欲しいなと思いました。
シェーン博士/切り裂きジャックはクラウディオ・オテッリ。歌にしろ演技にしろ完全に役柄が手の内に入っています。歌唱自体に少しスマートな感じが欲しいものの、ルルに振り回され(人生を狂わされ)ていくシェーン博士を見事に表現していました。エピローグでの切り裂きジャックもクールな感触が素晴らしい歌唱でした。
アルヴァは高橋淳。代役で充分な準備期間はなかったと想像しますが、充分に役柄をこなしていました。彼、歌い演ずる役のキャラクターを的確に表現することに非常に長けているなと。声自体も落ち着いた感じで安心して聴くことが出来ました。
医事顧問は大久保眞。この役、登場してほんの一節歌っただけですぐに死んでしまうので感想を書きにくい・・・(^^ゞ。申し訳ないのですが省略しますm(__)m。
画家は高野二郎。ドン・ジョヴァンニのドン・オッターヴィオなんかよりも、こういった癖のある役柄のほうが声のキャラクターにぴったりくるように思います。
シゴルヒはヘルムート・ヴェルカー。老人の設定らしからぬ充実した声と存在感が非常に魅力的。言葉もくっきりと聞こえてくるし、オテッリ、小山由美と並んだ素晴らしさ。
劇場の衣装係/ギムナジウムの学生は山下牧子。癖の少なさと強さを両立した歌声が素晴らしい。第2幕第1場の力業師とシゴルヒとの三人の絡みはなにやら暗示的な演技も含めて秀逸。
力業師は妻屋秀和。豊かな声量と言葉の捌きの的確さが光ります。歌唱ではないのだが、第2幕第2場での早口での長台詞は抜群の切れ味でした。
公爵/下僕は加茂下稔。両役ともこの人の声のキャラクターにぴったりでは。下僕のコミカルなキャラクターがとても良かったと思います。
そしてゲシュヴィッツ伯爵令嬢は小山由美。日本人歌手の中では群を抜いた出来栄えと存在感でした。特に、エピローグでの「ルル! 私の天使!」は絶唱というべき素晴らしさ。この役は第3幕の出番が多いだけに、今回2幕版になってしまったのが非常に残念でなりません。
シュテファン・アントン・レック指揮する東京交響楽団は、金管や弦に更なる精度が欲しいところもあるものの全体としてはなかなかの出来栄え。特に、弦を中心とした厚みと艶を備えたサウンド感と雰囲気はいい線をいっていたように思います。レックの指揮は緊急事態ともいえる状況の中、個性的なソリスト達をよくまとめていました。スコアがきれいに透けて見えるようなアプローチではなく、この曲の持ついわば肉感的な魅力を充分引き出していたように聴きました。もし少し時間が取れたならば、ソリスト達の交通整理が出来てスコアの線がよく見える演奏になったのかもしれません。
エピローグはルル組曲の最後の2曲をベースにゲシュヴィッツ伯爵令嬢だけでなく、ルルそして切り裂きジャックの歌も入れた形で構成。変奏曲と終曲を歌をゲシュヴィッツ以外にもルルとジャックの歌もきちんといれたもの。ルルが相手をする教授そしてアルヴァを殺してしまう黒人までをパントマイムで示し、ルルを殺害する切り裂きジャック登場後を歌と演技で示していました。
演出はデヴィッド・パウントニー。舞台装置は猛獣たちの像があちこちにある部屋のようで部屋でない抽象的なもの。動きの少ないルルと動きのあるルル以外の人々を対照的にあらわして、みんなルルに振り回されてるのがよくわかる演出。第1幕第1場の画家だけが忙しく動き回るところはその典型。歌手達にとっては無理な体勢で歌うところもあって大変だったかもしれません。
今回のルル、全体的には個性的な歌手達の歌唱と全体をよくまとめたレックの手腕もあって、聴き応えのある上演になったように思います。再来年以降の再演時は万全の体制を整えて、3幕版のリベンジを是非実現して欲しいものです。
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