レイフ・オヴェ・アンスネス ピアニスト100 グリーグ/シベリウス/シェーンベルク/ベートーヴェン
先週はグシュルバウアー/読響と共演してモーツァルトの協奏曲を楽しませてくれた、ノルウェー生まれのこのピアニスト。協奏曲では何度か接していたものの、リサイタルを聞くのは今回がはじめてとなります。今日はアン様ことアンスネスのリサイタルを楽しみに与野本町へ。
ピアニスト100 99/100開演直前に「予定されていた中村紘子音楽監督のお話は、事故渋滞による到着遅れのため中止します。」とのアナウンス。客席の灯りが落とされ、舞台左手の扉が開かれてアンスネス登場かと思いきや、小走りに舞台に現れたのは中村紘子で客席から大きな拍手(笑)。開口一番「まだ大丈夫と言われて・・・」、五六年前にコンクールの審査員として同席した際の印象を語り「後はもう彼の素晴らしい演奏を聞いてください」と手短に纏めていました。
レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
1. J.シベリウス : キュリッキ ‐ 3つの抒情的小品 作品41 2. : 13の小品 より
悲歌的に 作品76-103. : 13の小品 より
練習曲 作品76-24. : 5つの小品(樹木の組曲) より
白樺の木 作品75-45. : 10つの小品 より
舟歌 作品24-106. E.H.グリーグ : ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード ト短調 作品24 ‐休憩(20分)‐
-Intermission[20min.]-7. A.シェーンベルク : 6つの小さなピアノ曲 作品19 8. L.v.ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111 ‐アンコール‐
-Encore-9. J.S.バッハ(F.ブゾーニ編) : コラール前奏曲「イエス・キリストよ、われ汝を呼ぶ」 BWV639 10. F.メンデルスゾーン : 無言歌集 第6巻 より
失われた幻影 作品67-211. E.グリーグ : 叙情小品集 第1集 作品12 より
6.ノルウェーの旋律/5.民謡
ピアノ : レイフ・オヴェ・アンスネス
2007年2月10日 16:00 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
中村紘子がお話を終えて舞台袖に戻り、客席の灯りがさらに落されて今度はアンスネスが登場。プログラムの前半は、今年メモリアル・イヤーを迎えるシベリウスとグリーグの作品。何れも演奏会では取り上げられる機会の少ない作品が並べられています。
まずはシベリウスの「キュリッキ」から。この作品はシベリウスが数多くの作品を生み出している、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」に題材を得た作品。キュリッキとはレミンカイネンが略奪結婚した気高い踊り子の名前。アンスネスはこの「キュリッキ」と続く4つの小品をひとつの組曲のように続けて演奏し、「キュリッキ」の3曲だけでは描くことの出来ないレミンカイネンとキュリッキの出会いから破局までのドラマを完結した形で提示。ダイナミックに展開する第1曲、キュリッキの複雑な思いが表現された第2曲、第3曲(踊り)‐悲歌的に‐練習曲‐白樺の木はキュリッキとレミンカイネンの日常生活、そして最後は葬送行進曲風な舟歌が破局を示すという感じでしょうか。
アンスネスが弾くピアノはやはり透明度の高い音色と引き締まった印象を与える明確なタッチは、それだけでもすこぶる魅力的。適切なテンポ設定とリズムの自然な揺れ、決して溺れることの無い歌心、そして素材への味付け具合が実に塩梅が良いんですね。シベリウスの作品自体が素朴なものだけに、濃い味付けでは台無しですからね。アンスネスが組んだプログラミングの妙を、ドラマ性を重んじた自らの演奏で見事に表現した素晴らしい演奏でした。
続いてはグリーグのノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード。曲目解説にこの曲の演奏機会が少ない理由を「変奏曲としては論理性と構成力に欠けるところがあり、とらえどころがない印象を与えるからだろう。」と記されていますが、アンスネスの演奏は「そんなことはない、演奏が悪いんだろう」と思えるこれまた素晴らしいもの。この曲はファンタジー溢れる表現が魅力的な前半、葬送を思わせる荘重な音楽が紡がれる中間部、そしてドラマティックな展開を聞かせる後半と(私が聞いた限り)大きく三部に捕らえることが出来そう。特に中間部から後半へをどうもっていくかが勝負どころでしょうか。アンスネスは緊張感を失わずに静的な音楽の流れを維持し、後半の劇的な展開とのコントラストを際立たせていました。劇的なクライマックスの後、最後に冒頭のテーマが現れる部分は動と静の差が際立っていて見事でした。
こんな充実した演奏を聞かせてくれるのだったら、オール・シベリウス&グリーグ・プログラムでも無問題だなあなんて思いつつ後半へ。
後半の最初はシェーンベルクの「6つの小さな小品」。ウェーベルンばりのミクロな世界に、アンスネスの研ぎ澄まされた美音が冴え渡ります。精緻にコントロールされたタッチから、極度に切り詰められた音達に多彩な音色と表情が施される。決して無機的ではなく、実に表情豊かで有機的な素晴らしいミニチュアールを聞かせてくれました。
プログラムを締めくくるのはベートーヴェンの最後のソナタ。第1楽章冒頭を極端に「ガツン」と弾かないのは、大言壮語的な表現をしないアンスネスらしいところ。美しい音色と音の充実を重視した打鍵の強さを両立した表現と言えるでしょうか。続いて現れる嘆きのような表現も素晴らしい。主部に入ると明確な引き締まったタッチで弾かれる左手のリズムと、右手方向の瑞々しい美しさとのコントラストが印象的。第2楽章冒頭を一歩一歩いや一音一音を確かめるように、暖かなハーモニーでじっくりと「うた」を紡いでいくアンスネス。ヴァリエーションが進んでリズムに動きが加わっても「うた」の流れは決して途切れません。時折現れる高音の律動が、まるで魅力的な音色を持つ鈴を鳴らすように響いて本当に美しい。この律動がこれほどまでに美しく響く演奏はそうないのではと思えるほどでした。曲が終わった後の静寂もまた格別の味わいでした。
拍手に応えてのアンコールは3回。荘重な悲しみが溢れるブゾーニ編曲のバッハのコラール、先週も協奏曲のアンコールで弾いてくれたメンデルスゾーンをもう一度聞けたのも嬉しい。最後は再びグリーグで叙情小品集から2曲を続けて、「ノルウェーの旋律」の「動」と「民謡」の「静」を見事に描き分けた演奏でした。
アンスネスの美しい音色と卓抜な構成力、そして誠実な姿勢が音楽に投影された充実したリサイタルでした。今後も出来る限り都合を合わせて聞いていきたいピアニストの一人ですね。
開始から丸10年を迎えたピアニスト100も来月のアレクセイ・ゴルラッチでフィナーレを迎えます。このシリーズで若手からベテランまで、様々なピアニストの演奏に接してきただけに感慨深いものがあります。来年からは若手ピアニストにフォーカスを当てたピアノ・エトワールが開始され、ピアノのシリーズは回数が減りますが継続されるようです。でも、ひだまりのお話さんの言うところの「生きた企画」が、この劇場の音楽部門から無くなりつつあるのは寂しい限りです。
参考リンク
タピオラ - S.Suda のページ:キュリッキ 作品41
無限∞空間:フィンランド叙事詩 カレワラ KALEVARA
(2007.02.11 記)
(2007.02.14 追記)
Comments
私にとっても「出来るだけ聴いていきたい」ピアニストの一人となりました。
本当にどの曲も見事な演奏で、彼の実力を思い知らされた感じがしました。彼の弾く「展覧会の絵」の「新鮮な結果」、機会があれば生音で聞いてみたいなあ・・・(笑)。