ビラー指揮 聖トーマス教会合唱団 ゲヴァントハウス管弦楽団
聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 マタイ受難曲
バッハ:マタイ受難曲BWV244b 初期稿
ソプラノ:ウテ・ゼルビッヒ
アルト:ズザンネ・クルムビーゲル
テノール(エヴァンゲリスト):マルティン・ペッツォルト
バス(イエス):マティアス・ヴァイヒェルト
バス:ゴットホルト・シュヴァルツ
ゲオルク・クリストフ・ビラー指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団 聖トーマス教会合唱団
2004年3月6日 18:00 横浜みなとみらいホール 大ホール
マタイ初期稿の表示に惹かれて、初めてみなとみらい21線を使ってみなとみらいホールへ。
まずはヴァイヒェルトのイエスが秀逸。特に劇的に表現するわけでもないのですが、美しい声を生かして淡々と品格のあるイエス像を表現していたと思います。
ペッツォルトのエヴァンゲリストは直線的かつ劇的な表現を狙っていたように思います。個人的には柔軟な表現を望みたかったです。でも、ピアニッシモでの表現は見るものがありました。
ビラーの指揮は淡々と曲を進めていくのが特徴といえば特徴。レチタティーボと合唱を絡めて劇的な表現をしようとははなっから思っていない感じでやや物足りなさがのこりました。でも2部後半からは自然と表現の密度があがってくるのは、曲の力それとも伝統の力のなせる技でしょうか。弦楽器の扱いがやや古楽器風のヴィブラートを押さえた形にしていたのが時代の流れでしょうかね。
合唱はよく訓練されていて安心して耳を傾けられますね。少年達の声の純度の高さは見事なものです。団員のソロもほのぼのした感じがありました。オケもノンヴィブラート部分でのピッチが不安定に感じられるところもありましたが、全体的には安定していて伝統的なサウンドを聞かせてくれました。
いろいろ書いてますが、特別なイヴェントでない彼らの日常にあるマタイを聞かせてくれたような気がします。
初期稿について少し。
目に見えて違うのは、2群のオケの通奏低音部が共通なこと。第1部の最後がコラールで終わるのは、そうでないのを聞きなれた人にとってはあまりにもあっさり終わるので意表をつかれた感じがするのでは(実際会場でも終わったの?って感じがありました)?
初期稿の楽譜上存在しない、17曲のコラールは"Es dientzu meinen Freuden(それは私の喜びとなり)"を演奏していました(どこからもってきたのかは私にはわかりません(笑))。ガンバではなくてリュート伴奏になる曲(56&57)はプログラム上日本人奏者の名前がクレジットされていましたが、チェンバロで代用してました。何もアナウンスありませんでしたが、どうしたんだろ?
なんだかんだいっても素晴らしい曲です、マタイは。何度聞いても(といっても生マタイは3度目位かな)いいですわ(笑)。
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