ラトル/ベルリン・フィル ハイドン/ワーグナー/ブラームス
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演 〜川崎市制80周年記念公演〜ラトルを聴くのは2001年のウィーン・フィルとのベートーヴェン・ツィクルス以来。そのときは特に、田園と7番の演奏が印象に残っています。
1. ハイドン : 交響曲第86番二長調 Hob.I-86 2. ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」から 前奏曲と愛の死 休憩 3. ブラームス : 交響曲第2番ニ長調作品73
サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (コンサートマスター:ダニエル・スタヴラヴァ)
2004年11月7日 18:00 ミューザ川崎 シンフォニーホール
舞台上には左手にコントラバスが3台。編成は8-8-6-5-3、ヴァイオリン対向配置でまずはハイドンから。コンサートマスターはスタヴラヴァ、安永徹、ヴィオラに清水直子の姿も見える。木管はマイヤー、ブラウ、ダミアーノ。ホルンはバボラク。小さめのティンパニはぜーカース(以上、顔と名前が一致する人だけ(笑))。第1楽章の非常に澄んだ響きの序奏から主部へ。音楽の流れの良さとラトルの切れ味鋭い棒に反応するオケの生き生きとしていること。第2楽章のベルリン・フィルの重くて音の出の間がある低弦の特徴をうまく利用した、一拍の重さとテンポの浮遊感の両立。同時に悲しみの感じられる陰のある表情付けも実に見事。三拍子の一拍目に思い切ったアクセントを付け、トリオの優美さと随所にユーモアを散りばめた第3楽章。そしてラトルの持つ生来のリズム感覚の良さとオケの機動力が見事に結びついた終楽章。古楽風の表現と、近代オーケストラの表現力を縦横無尽に駆使し、ずっしりとしたベルリン・フィルの特徴を生かし、シャープな踏み込みのよさと思い切ったテンポの変化等のスパイスを随所にぴりっと効かせた上で優美な表現も盛り込んだハイドン。現在に息づく音楽としてのハイドンの再創造の成功例といって過言ではないでしょう。いやはや、実に刺激的で面白く、かつ愉しいハイドンでした。5月のハイティンク/SKDのやさしさに包まれた演奏とは、両極端といっていいほど対照的ですがどちらも素晴らしい(笑)。他のハイドンのシンフォニーも聴きたくなりますね、例えば90番とか、「驚愕」とか。
続くは16型でヴィオラ外側の通常配置でのトリスタン。クラリネットはフックスが登場。2000年の来日公演でのアバドのクリアで見通しのよいトリスタンも印象的でしたが、ラトルの演奏はそれとはまったく対照的な演奏。音楽の流れが保てるぎりぎりと言ってもいいゆっくりとしたテンポ。このオーケストラの特徴でもある深くてずっしりと重い低弦を中心にした厚みのある弦の表現力を最大限生かして、ワーグナーの息の長い旋律を実に丹念に歌わせていました。前奏曲のピアニシモからフォルティッシモの頂点までのダイナミクスを幅広く使った、実に息の長いクレッシェンドの高揚感。そして、うねるような流れを生み出す一体となった弦楽器群の弾きっぷり。踏み込めば踏み込むほど濃くそして深くなっていくその音色は素晴らしいとしか言いようがありません。愛の死でもメロディーを受け継ぐ木管のソロの見事さとアンサンブルの素晴らしさ。そしてうねりと高揚をもたらす息の長いクレッシェンド。そして、幕切れまでの音楽の実に美しいこと。愛の死の途中で自分の鼓動がいつもより早くなっているではないですか(笑)。前奏曲と愛の死を聞いて鼓動が早くなったのは始めてかもしれない。カイルベルトのようにトリスタンを振っている最中に心臓発作で亡くなってしまう指揮者もいるくらいですから、心臓の弱い人には危ない演奏だったかもしれない。そのくらい、素晴らしいトリスタンでした。
さて後半は、昨日もコンセルトヘボウで聞いたブラームスの第2交響曲。団員も揃ってチューニングも終わったところで、ホルンのバボラクが一旦袖へ。どうやら必要な楽譜がないらしい(笑)。ライブラリアンが必死に探し回ったのでしょう、しばらくしてバボラクが楽譜を手に掲げて登場しみんなで拍手(笑)。ほどなくラトルも登場し演奏開始。冒頭はしっかりと低弦を効かせていながら、木管が慎ましいなあ。とか思ったのはつかの間。木管が終始慎ましかったのは変わらないのですが、対照的に一丸となって弾く弦楽器陣の表現力の凄いこと。トリスタン同様に弾けば弾くほど重く深みをましていく音色と、えもいわれぬ濃い味わい。ラトルなら颯爽としたテンポでの演奏も可能なのでしょうが、巨匠風とも取れる遅めのテンポで弦を中心に丹念にじっくりとメロディーを歌わせ、対照的に木管を慎ましく歌わせてその対照が実に効果的なこと。そして第1楽章終結部のバボラクの素晴らしいホルンと弦の濃い表情の対照(昨日のコンセルトヘボウの演奏よりさらに濃い)。第2楽章も遅めのテンポでじっくりと歌わせつつ、スケール感と厚みを保ったまま決してこじんまりとならないピアニッシモでの繊細な表現も見事でした。木管を中心にのどかな風情が味わい深い第3楽章、決して弾き飛ばすことなくコーダまで一丸となって進んでいく充実感満点の終楽章。コーダでのゼーカースのティンパニの打ち込みの素晴らしいこと。ずっしりと重量感のあるベルリン・フィルの特徴を生かしつつ、この曲のやや音楽の密度が薄いところをラトル風のスパイスを効かせて巧みに回避させていたのが印象的。本当に他でもないベルリン・フィルの個性がしっかりと刻印された、聴き応え十分なブラームスを堪能させてもらいました。
1曲目のハイドンを振る指揮者と、2曲目のワーグナーと3曲目のブラームスを振る指揮者が同一人物なんですよね。ほんまにラトルは懐の深い指揮者だなと改めて感じました。
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